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地震に備えて今出来ること

2007年08月01日作成   1page  2page 

その対策として目黒メソッドというのがあるそうですが、具体的にどのようなものでしょうか。

目黒メソッドとは、具体的に災害状況をイメージする能力を高めてもらうための方法です。表の縦軸に、平均的な一日の時間帯別の行動パターンをなるべく細かく記入してもらいます。横軸には、地震が起こってからの経過時間を、3秒、10秒、30秒、1分、2分、5分、・・・、5年、10年と記入するようになっています。一日の自分の行動を考えるときには、住んでいる地域や職場周辺の環境や建物の耐震性、家具の配置、時間帯別の家族各メンバーの居場所、行動パターンなども表にまとめておく。通勤手段が使えなくなった場合に、すべて徒歩とするとどれくらいの時間がかかるのか。その上で、季節や天候、曜日を決めて、各時間帯に大きな地震が発生したと仮定して、自分の周りで起こると思うことを一つ一つ具体的に記載します。ほとんどの人は何も書くことができません。イメージできないのです。イメージできないということは、地震に直面した際に適切な行動が取れないということです。

目黒メソッドを簡便化した「目黒巻」というものもあります。目黒巻は、小学校や幼稚園、一般家庭で行うことを目的としており、自分で条件を設定して、災害時の様子を、自分を中心とした物語として書いていくというものです。細長い紙の上に経過時間に沿って物語を書き込むので、巻物状になるため「目黒巻」と呼ばれています。「目黒巻」をみんなで書いて縦に並べてみると、同じ時間帯で、各人がそれぞれどういうことを書いているか比較できます。みんなの認識がずれていることや、相互の連絡が難しいことなどがいろいろとわかります。物語を書き進める上で、自分の問題点がわかったり、疑問点が出てきます。この問題点や疑問点をみんなで話し合ったり、調べたりすることから、具体的な防災対策が始まります。どうすれば、自分の物語がハッピーエンドになるのかを考えることがポイントです。事前に何をしておけば、物語がどう変わるのか。事前対策の重要性が認識できます。事後の対応力も身につきます。関係者で条件を変えながらやってもらうことで、個人個人の、そして組織としての防災力を高めていくことができます。

例えば、学期の初めに、季節と対応させて、学年が変わった時、引っ越した時、それぞれの時に書いてみることをお勧めします。
地震が来るまでの時間と地震が起こった直後を比べると、もちろん地震が来るまでのほうが時間の余裕があります。地震が来た後にどうするかを考えるのではなく、地震が来るまでの時間を有効に活用して対策を進めることで、理想的には地震が来てしまったときには何もしないで済むような環境整備と教育を目指していただきたい。

地震被害を地震の直前に予測して対応策を支援するシステムを共同開発されたそうですが、どのようなシステムか教えていただけますか。

緊急地震情報を上手に使うという発想の下で開発したシステムです。最近では実際に激しい揺れが到達する前に、「○○秒後に震度△△であなたの場所は揺れますよ」という情報を流すことができるようになりました。この情報を緊急地震速報といいます。現在わが国では、多くの地震計を高密度に配置していることから、地震が発生すると最寄りの地震計が、地震の揺れの中で速度の一番速いP波をまず検知します。このデータから、そのP波を発生させた地震の位置(震源)と規模(マグニチュード)を4秒程度で計算します。得られた震源位置とマグニチュード、さらに地震の発生時刻を考慮することで、情報を提供する場所ごとに、震度と到達時刻が計算できます。ゆえに、対象とする場所が震源から少し離れていれば、実際に地面が揺れる前に数秒から最大1分程度の時間的な余裕を提供できるのです。

ただし緊急地震速報を有効に活用するには、発生時刻別に、行動タイプ別に、どの時間帯の何をしている時の何秒だったら何に使えるかということを、事前に緻密に検討しておくことが重要になります。そうしないと、せっかくの猶予時間も有効に活用できません。もちろん、あらかじめ適切にプランしていれば、猶予時間を使って、人の命も救え、経済的な損害も大幅に低くすることができます。例えば、IT企業でしたら、ハードディスクに書き込みを行っているときに、地震がきたらハードディスクをだめにしてしまいます。1/100秒でも余裕があれば、その書き込みをパッとやめることができ、ハードディスクを守ることができます。

今回開発したシステムでは、そのシステムの導入効果をその地域の過去の地震を対象としても見ることができます。例えば、ある場所に自分の管理する液体燃料タンクの施設があるとしましょう。今回開発したシステムでは、その施設に影響を及ぼした可能性のある地震が、過去にどれぐらいあったのかを確認することができます。その上で、システムの導入によって、その中の何%の地震に関して被害軽減可能かの実績もわかります。また過去の地震をはじめとして、適当なシナリオ地震を決めれば、その地震が発生したときに自分の施設が受ける被害をシミュレーションできるので、施設の事前の安全評価が可能となります。

その上で、いざ地震がきた時には、緊急地震速報を使って、まず揺れの到達前に最初の被害予測を行い、その結果で初期対応できることをする。実際の地震がそこの場所に到達した時に被害を再評価し、その上で、さらに復旧・復興戦略を出していくことが可能です。

地震には、P波、S波、表面波があり、この順番で伝播速度が遅くなります。S波は建物に大きな影響を与える地震動です。表面波は、大きな燃料タンクや長大橋梁、高層ビルなどをゆっくりと大きく振動させる地震動です。大きなタンク内の液体はその直径と深さによって、大きく揺れる周期が変わります。地震の揺れの周期と液体の揺れやすい周期が一致すると共振現象を起こし、この液体の共振現象をスロッシングといいます。スロッシングが発生すると、タンク内の液が激しく揺れ、液漏れが発生したり、火事が発生したりして問題が大きくなります。今回開発したシステムでは、揺れが到着する前に、揺れの強さや周期の特性がわかりますので、いくつもあるタンクの中で、タンクの直径や内部の液の深さを考慮した危険性を評価して、どのタンクを優先して対応をとるべきかなどがわかります。限られた人員や機材で、効果的な対応を実現する上では非常に重要なポイントです。また対応に当たる従業員の安全性の確保にもつながります。

緊急地震速報の活用による効果は、この情報に基づいて何らかのアクションを起こすことによって生まれると思っている人が多いですが、逆に安心して何もしないでいられることによる効果もあります。例えば、震度6や震度7の地震を対象にすると、発生頻度も低いし、猶予時間も短い。しかし震度3とか4以上の地震を対象に検討すると、多くの地震に対して猶予時間を提供することができます。震度3や4では被害が出ないから関係ないと考える人もいるかもしれませんが、発生回数を考えれば実際は非常に重要です。

あなたが大きな機械を稼動している工場の安全管理の人だとしましょう。動かしている機械を止めるとなると、それまでの仕事は台なしになり、また元に戻すのは大変なことです。何の前触れもなく「グラグラ」と揺れ出したら、最終的にそれが震度3でも4でも、その時点では、その揺れがさらに大きくなっていく前触れなのかどうかわかりませんから、安全管理上機械を停止しなくてはならなくなるでしょう。機械を停止したことによる影響を受けるということです。しかしこのようなシステムがあって、これから来る地震動がせいぜい震度3とか4であることがわかっていれば、安心してアクションをとらずにやり過ごすことができるでしょう。

他の例として、緊急地震速報は満員電車の乗客の安全性の向上にも貢献します。通常、大都市圏の満員電車には、平米当り10人くらいの人が乗っています。地震による激しい揺れで運転手さんが急ブレーキを掛けると、満員の乗客が前方に押し出され、押しつぶされることにより、多くの人が怪我をしたり亡くなったりします。これを防ぐひとつの手段として、適切なシートのレイアウトとつり革の配置があります。私はこの効果をコンピュータシミュレーションによって評価しています。

つり革の効果に関していうと、つり革を持っている人の腕力が強いと、その周りの人をサポートし、全員が前方に押し流されると状況が防げるので、結果的に多くの人が助かります。ところが、つり革を持っている人の力が弱いと、揺れている間につり革を持ち続けることができず、怪我をしたり亡くなったりする人が増えてしまいます。手を放してしまうのは、片手で持っているからです。本格的に揺れるちょっと前にでも、地震がくる情報が流せれば、両手でしっかりとつり革を持つことができます。これは大変な筋力アップと同じです。支えになるものを持たず立っている人たちも、周辺のポールなどをつかむこともできるでしょう。こうすることで多くの人たちを救えることになります。

2005年には、「災害情報ステーション」を開発されていますが、これはどのようなものでしょうか。

これは新しいタイプの防災システムです。このシステムは、ユニバーサル災害環境シミュレータ、災害情報アーカイブ、防災e-ラーニングの3つのサブシステムを、3次元WebGISで統合するシステムです。

ユニバーサル災害環境シミュレータは、危機発生時に生じうる種々の物理・社会現象を高精度で予測するものです。その際には、なるべくユーザーの環境を対象にシミュレーションをします。つまり、ユーザーの街、家、部屋を対象に災害状況を再現し、疑似体験してもらいます。災害情報アーカイブは、過去の危機管理事例や予測される危機の危険度評価結果、シミュレーションにもとづく予測結果、実際の危機発生時において収集された情報をデータベース化するものです。防災e-ラーニングは利用者とシステムの間のインターフェイスとなり、防災学習の支援と利用者の防災意識や学習行動のデータ収集を行うとともに、危機発生時には情報収集・発信の窓口となるものです。そしてe-ラーニングモジュールを通して利用者が、シミュレーションモジュールやアーカイビングモジュールの出力結果を閲覧・操作するためのバーチャル都市空間を提供するのが3次元WebGISです。

種々の物理・社会現象に関する最新のシミュレーションモデルとデータベースの組合せにより、ただ単に過去の危機管理事例を収集・整理するだけでなく、異なる時刻、自然条件、地域の防災力、社会情勢のもとでの危機発生状況をシミュレートし、それを「疑似危機事例」として蓄積・更新していくことが可能となります。「疑似危機事例」を量産し、教材として用いることで、実際の危機事例の稀少性を補完し、危機に対するイマジネーション能力を高めることが可能となるのです。また災害発生時においては、実際の物理・社会環境条件を逐次入力することで、ごく近未来の災害状況を、高精度に予測・更新、危機対応時の意志決定を支援することが可能となります。

この災害情報ステーションのシステムの一部として、次世代型危機管理/防災マニュアルがあります。今、世の中にある防災マニュアルは、次のような問題があるために、ほとんどが使えないものです。お上の指導で作っているとか、本部からこれがマニュアルだと言われているが、各現場の理解が不十分だったり、責任の所在がはっきりしない。仕事の流れが見えないし、仕事の量の議論が全くされていない。読んでも具体的に何をやっていいか分からないし、代替案の記述もない。分厚い紙のマニュアルでは、検索性や更新性が悪いし、そもそもこのマニュアルがどれくらい良いのか悪いのかわからない。


私が提案する次世代型危機管理/防災マニュアルでは、まず現在のマニュアルがいいものかだめなものかを自己評価できます。また利用者の立場ごとに、誰が、いつそのマニュアルを使うのかを入力すると、その人用のマニュアルがその場で編集されて、項目別、時間帯別に提示されます。さらに当事者が自分の組織や地域の問題を把握しながら、自分でマニュアルを作り上げることができます。そしてつくったマニュアルは、自己進化していきます。訓練も含めて、対応した記録が全部残り、いいところも悪いところも全て次回以降のデータになります。失敗のデータは、次に失敗しなためのデータとして、組織に残り、関係者間で共有できるということです。

このマニュアルは、平時の活用性を重要視して作られています。理由は、マニュアルの本質的な目標が、そのマニュアルが必要となるような状況が起こる前に、そのマニュアルを必要としない人をどれだけ作ることができるか、にあるからです。防災においては、災害の実体験を持つことが重要です。しかし災害大国日本といっても、時間や地域を限れば、大規模な災害はいつも起こっているわけではないので、防災関係者がすべて、実経験を積むことは無理です。他の地域や他の人が経験した災害を自分の環境に置き換えて擬似体験することが重要になります。だから、過去の災害情報をきちんとデータベース化する災害情報アーカイブや、自分の環境を対象に災害状況をシミュレーションできるユニバーサル災害環境シミュレータが重要なのです。

私たちが今持つべき心構えを教えてください。

私たちの心構えとしては、災害イマジネーションを鍛える努力をすることです。

災害状況を適切に考え、イメージすることは容易ではありません。しかし、まずイメージできないことを認識することが大切です。

自宅で寝ている時間帯、地震の揺れの最中に、眼鏡やコンタクトが紛失してしまい、スペアも見つからない。上から何か落ちてきて腕を骨折した。足をくじいた。そのような状況を前提に目黒メソッドの表をもう一度埋めてみてください。日常的に健常者という意識しかない大多数の人たちが、自分が簡単に災害弱者になることに初めて気づくでしょう。防災では、「健常者=潜在的災害弱者」と考えることが重要です。全く違う状況が見えてくるはずです。また、不幸にして、家族にけが人や亡くなった人が出てしまった状況を想定すると、物語は大きく変わります。

私は学生さんに目黒メソッドをやってもらいますが、学生の場合はある時間帯や状況では自分が死んでしまうようなことも起こります。そのときには、次のように彼らに言います。「もし自分が亡くなってしまったら、それを君の周りの人がどう受けとめて、その後生きていかれるのかを表に記入しなさい。」そのとき彼らは初めて気づきます。自分がいかに周りから大切にされ、多くの人たちのサポートを受けて生きているかを、そして自分は死んではいけない存在だということを。この認識が得られると、彼らには、何か防災策をしなさいなどと言わなくても、自分でできる対策をしっかり考え、具体的に実行に移し出すのです。従来の防災教育のように、「Aやってください、Bやってください、Cやらないでください」のようなものはだめなのです。このようなことをいくら言っても心に響かないし、まして心にとどめておいてくださいと言っても無理です。防災教育としてやるべきことは、災害に直面したときに、何が起こるのかを、きちんと考えられる能力、災害イマジネーションを向上させることです。その能力がつくと、現在の自分の問題がわかるので、地震が来る前の時間を有効活用して、その問題をなるべく解決する事前対策を取ることができます。そして実際にその日を迎えてしまったときには、自分はおかれる状況を時間先取りで認識できるので、その状況がなるべく悪くならないように、そのつど適切な対応をすることができます。こうして、トータルとして受けてしまう被害を最小化できるわけです。そのような人を作ることが重要です。

● 本日は興味深いお話をありがとうございました。(聞き手:成宮)

略歴
東京大学生産技術研究所
目黒公郎 教授
東京大学教授。専門は都市震災軽減工学。1991年東京大学大学院博士課程修了(工学博士)。東京大学助手、助教授を経て、2004年より現職。「現場を見る」「実践的な研究」「最重要課題からタックル」をモットーにハードとソフトの両面からの災害軽減戦略研究に従事。途上国の地震防災の立ち上げ運動にも参加。著書は「東京直下大地震生き残り地図」(監修)、「被害から学ぶ地震工学、-現象を素直に見つめて-」(共著)、「地震のことはなそう(絵本)」(監修)など。

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